1 ドクター・ハラスメントとはドクター・ハラスメントという用語は、医師や医療従事者の暴言、行動、そして態度や雰囲気により、 患者の心に傷を残すような事案を広く意味するものとして使われています (土屋繁裕 『ストップザドクハラ』7頁(扶桑社、初版、2003年))。医師の言動等により、 患者が傷つくことは少なくないとされていますが、実際に裁判にまでなる事例は多くありません。2 ドクターに対する患者の権利意識の変化「ドクター・ハラスメントの問題は、古くから存在していましたが、医療現場における医師・医療従事者と患者 患者の家族との圧倒的な力の差により、 顕在化してこなかったと言われています (手嶋豊 『医事法入門』58頁(有斐閣、第4版、2017年))。近年、患者の権利意識が向上してきたことにより、 ドクター・ハラスメントの問題が社会問題として取り上げられるようになりました。他のハラスメント事例と同じように、 当事者の関係によって受け取られ方が変わり得るため、 どのような言動がドクター・ハラスメントにあたるのかについては明確な基準があるわけではありません。3 ドクター・ハラスメントの裁判例(1) 自律神経失調症で休職中の者に対する産業医の言動が問題になった裁判例 (大阪地判平成23年10月25日判時2138号 81頁、労経速2128号3頁)本裁判例は、自律神経失調症により休職をしていた原告が、上司から被告である産業医との面談を指示され、これに応じたところ、面談の際、被告から 「それは病気やない。 それは甘えなんや。」 「薬を飲まずに頑張れ。」「こんな状態が続いとったら生きとってもおもんないやろが。」等と力を込めて言われたため、 原告の病状が悪化し、復職時期が遅れたとして、原告が被告に不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。本裁判例は、主治医ではなく、産業医の言動が問題となった点に特徴がある事案と言えます。判決では、「被告は、 産業医として勤務している勤務先から、自律神経失調症により休職中の職員との面談を依頼されたのであるから、面談に際し、主治医と同等の注意義務までは負わないものの、 産業医として合理的に期待される一般的知見を踏まえて、面談相手である原告の病状の概略を把握し、 面談においてその病状を悪化させるような言動を差し控えるべき注意義務を負っていたものと言える。」 としました。 そして、「自律神経失調症の患者に面談する産業医としては、安易な激励や、圧迫的な言動、 患者を突き放して自助努力を促すような言動により、 患者の病状が悪化する危険性が高いことを知り、 そのような言動を避けることが合理的に期待されるものと認められる。」 としました。そのうえで、 原告との面談における被告の言動は、被告があらかじめ原告の病状について詳細な情報を与えられていなかったことを考慮してもなお、上記の注意義務に反するものということができるとしました。結論として、被告の不法行為責任を肯定し、原告の復職が遅れたことによる休業損害として30万円、 本件面談における被告の原告に対する言動や、これにより原告に生じた反応、 復職時期の遅れの程度等を考慮して、慰謝料として30万円を認め、被告に対し、合計60万円の支払いを命じました。(2) 医師の患者との面接時における言動が問題になった裁判例(最三小判平成23年4月26日判タ1348号92頁、 判時2117号3頁)本裁判例は、友人である男性からストーカーまがいの行為をされ、 自宅で首を絞められる被害などを受けたことがある患者が、診察受付終了時刻の少し前ころ、電話で強引に同日の診察を求めたことから、 精神神経科の医師が検査結果を伝えるだけという約束で面接に応じました。 面接した際に患者が質問などを繰り返したため、 これに答える形で、医師が患者に対し、人格に問題があり、普通の人と行動が違う、 病名は人格障害であると発言する等したことにより、 それまで発現が抑えられていた PTSD (外傷後ストレス障害)の症状が発現するに至ったとして、患者が医師の勤務する病院に対し、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。原審は、面接時の医師の本件言動は医師としての注意義務に違反するものであり、本件言動が心的外傷となって患者のPTSDを発症したものであるとして、患者の請求につき、結論として201万円の支払いを認容しました。これに対し、最高裁判所は、医師の患者に対する言動は、 生命身体に危害が及ぶことを想起させるような内容のものではないことは明らかであり、PTSDの診断基準に照らすならば、それ自体がPTSDの発症原因となり得る外傷的な出来事にあたるとみる余地はないとしました。また、PTSDの発症原因となり得る外傷体験のある者は、これとは類似せず、また、これを想起させるものともいえない他の重大なストレス要因によってもPTSDを発症することがある旨の医学的知見が認められているわけではないとしました。 結論として、医師の言動と患者のPTSD 発症との相当因果関係を否定したうえで、病院の敗訴部分を破棄しました。本裁判例は、原審が相当因果関係を認めた点を問題とする論旨につき上告審として受理したため、 最高裁判所は、医師の発言に対しては、明確な判断を示していません。最高裁判所は、医師の発言の中にやや適切を欠く点があることは否定できないとしても、診察受付時刻を過ぎて本件面接を行うことになったことや、 当初の目的を超えて自らの病状についての訴えや質問を繰り返す患者に応対する過程での言動であることを考慮すると、これをもって、直ちに精神神経科を受診する患者に対応する医師としての注意義務に反する行為であると評価するについては疑問を入れる余地があると判示しました。(3) 医師ではなく、 医療従事者であるレントゲン技師が訴えられた裁判例(東京地判平成7年5月16日判夕 876号295頁)本裁判例は、 脳性小児麻痺による体幹機能障害のため、 両上肢、 両下肢に麻痺がある31歳の女性である原告が、 入院をしていた際に医師の指示により頸椎のレントゲン撮影をすることになりましたが、 麻痺があるため抵抗することが困難な原告に対し、担当したレントゲン技師が強制わいせつ行為を行ったとして、 原告がレントゲン技師および同技師が勤務する病院に対し慰謝料を請求した事案です。裁判では、被告のレントゲン技師が原告にわいせつ行為を行ったかが争点となりました。 1日で8名の人証の取り調べを行い、 被告のレントゲン技師の原告に対する強制わいせつ行為を認定し、 被告らに慰謝料として300万円の支払いを命じました。
「ドクター・ハラスメントとは何でしょうか。 裁判例としてどのような事例があるでしょうか。」